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仙台高等裁判所秋田支部 昭和63年(ネ)130号 判決

控訴人 丸水秋田中央水産株式会社

右代表者代表取締役 高井昭二

右訴訟代理人弁護士 金野繁

被控訴人 相馬統

被控訴人 相馬久一

右両名訴訟代理人弁護士 伊藤彦造

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人らは控訴人に対し、各自金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴人は主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。但し、その二枚目裏八行目の「売掛け」を「買掛け」と改める。

証拠関係〈省略〉

理由

一  被控訴人統に対する請求について

1  控訴人が水産物の販売等を業とする会社であること、被控訴人統が昭和五四年四月二日控訴会社に雇われ、昭和五六年三月魚卵課主任となり、昭和五七年三月一日東京駐在所主任となった者であることは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実を基礎に、〈証拠〉を総合すれば、次の(1) ないし(3) のとおり補正するほかは、原判決六枚目裏四行目から同八枚目裏末行までに記載されたとおりの各事実を認めることができるので、ここにこれを引用する。

(1)  原判決八枚目表三行目の「執った。」の次に改行の上次のとおり加える。

「ところで、控訴人の田辺に対する総債権残高の推移をみると、昭和五七年四月以降同年一二月二四日頃までは、当初二億円前後で、その後も三億円ないし六億円程度であって、多い時期でも約七億円であった。ところが、同年一二月末頃には同月中旬頃と比べ約三倍に該る九億円近くに急増し、その後翌五八年三月末頃までの間は概ね九億円ないし一一億円で推移した。

これに対し、控訴人が右債権担保のため引渡を留保していた商品の総額は、昭和五八年一月末日現在七億八五三七万円余りであった(債権残高は八億九五七七万円余りである。)が、その後前記のとおり被控訴人統により合計約七億円相当の田辺に対する名義変更がなされたため、右引渡留保商品の総額は同年三月まで減少の一途を辿り、同月末頃には僅か二〇〇〇万円足らずに減少するに至った。」

(2)  同面六行目の「作成されていなかった。」の次に「しかし、被控訴人統は、控訴人の田辺に対する取引与信枠が二億円であることを熟知していた。」を加える。

(3)  同丁裏二行目の「五億〇六五五万六〇五五円」の次に「の損害を被った。そして、控訴人は、右損害」を挿入する。

2  控訴人は、田辺に対し口頭で二億円の与信枠を与えた旨、及び、助子原卵の田辺に対する名義変更をする場合には担当役員の決裁が必要であった旨主張し、前掲甲第二〇、第二一号証、原審証人佐藤勝司、同鈴木信夫の各証言中には右主張に符合する各記載部分及び供述部分があるが、これらは前掲採用証拠に照らしていずれも措信できない(なお、当審で提出された甲第三二ないし第四八号証については、本件で問題となっている助子原卵の田辺に対する名義変更との直接の関連性は認められない。)。

他方、被控訴人らは、控訴人と田辺との取引に与信枠は設定されていなかった旨主張し、原審(第一、二回)及び当審における被控訴人統本人尋問の結果中にはこれに符号する供述部分があるが、右供述部分も前掲採用証拠に照らして措信できない。

そして、他に前記補正部分を含む原判決の認定事実を動かすに足りる証拠はない。

なお、前述の被控訴人統が行った七億円余の助子原卵の名義変更が田辺と癒着して背任の故意に基づいてなされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。

3  前記認定の事実関係、特に控訴人の田辺に対する与信枠の範囲とこれについての被控訴人統の認識の程度、右与信枠の担保的意義、同人の業務内容、控訴人の田辺に対する総債権残高及び引渡留保商品の総額の各推移等に徴すると、昭和五八年二月から三月までの間に合計七億円余にも上る助子原卵の預託者名義を田辺に変更したりすれば、控訴人の社内における規約に違反するのに止まらず、その当時における控訴人の田辺に対する債権残高に鑑み田辺の資金繰りが悪化した場合控訴人に巨額の損害が生ずるのは明らかであり、容易に予見しえたのであるから、担当者たる被控訴人統としては、かかる結果に至らぬよう注意すべき義務があったのに、同人が軽率にも田辺の要求に応じて右名義変更を行ったのは、この義務を著しく欠いた重過失に該当するといわざるをえない。

他方、前記認定の事実関係によれば、控訴人は、田辺との取引については担保も取らずに取引を開始することを承認しているばかりでなく、次第に取引高が増加して売上も莫大な額に上るようになったにもかかわらず、被控訴人統に右取引について一任し、田辺の経営状態についての調査・検討さえ十分に行っていなかったのであるから、控訴人にも右の点について過失があるものというべきである。

しかして、被控訴人統の行った前記名義変更により控訴人が五億〇六五五万六〇五五円の損害を被ったことは前記認定のとおりであるから、叙上の被控訴人統の過失の程度と控訴人のそれとを対比すると、被控訴人統は控訴人に対し、右損害のうち少なくとも控訴人の請求する五〇〇〇万円を賠償する責任があるものといわなければならない。

付言するに、商取引を担当する営業社員がその業務遂行過程における過失により使用者である会社に損害を生ぜしめた場合であっても、右過失が通常程度のものであるときには、右営業社員に右損害の賠償責任を認めるのは必ずしも妥当でないともいえようが、本件のように営業社員に重過失があるときには、たとえ損害額が当該営業社員の賠償能力をはるかに上回る巨額なものであったとしても、会社側の過失が斟酌されて賠償すべき額が減額されることは格別、損害賠償責任は免れえないと解すべきである。また、会社が従業員の活動により利益をえていることを理由とする報償責任理論は、被用者が事業の執行につき第三者に対して損害を与えた場合における使用者の責任根拠に関するものであり、使用者自身が損害を被った場合に使用者が被用者に賠償請求をするのを妨げる理論ではない。

二  被控訴人久一に対する請求について

1  被控訴人統の父である被控訴人久一が、控訴人との間で、被控訴人統の控訴会社への入社に際し昭和五四年四月二日控訴人主張の身元保証契約を締結して、統が控訴人との間で結んだ労働契約に違反し、又は故意若しくは過失により控訴人に損害を与えたときはこれを賠償する旨と、その存続期間を五年とする旨の各約定をしたことは当事者間で争いがない。

そして、〈証拠〉によれば、被控訴人久一は、被控訴人統から甲第一号証の身元保証契約書と同じ内容の書面を見せられて、控訴会社に入社するためには親に保証人になってもらう必要がある旨説明を受けた上、身元保証を依頼されたので、高等学校に入学する場合と同様に会社に入社する場合にも当然身元保証は必要であるとの考えに基づき、被控訴人統を真面目に勤務させることを約束する趣旨をも含めて、本件身元保証契約の内容が記載された前記甲第一号証の身元保証契約書に署名したこと、被控訴人久一は、昭和六三年三月に秋田市内にある市立中学校の校長の職を最後に三八年間に亘る教職を辞した後、現在に至るまで県庁の嘱託として勤務しているところ、退職金の一部を借受金の弁済等に充てたためその手取り額は九〇〇万円程度であったこと、被控訴人久一のその他の主たる資産としては、宅地(地積二三六・〇三平方メートル)と居宅(床面積六六・一一平方メートル)があること、以上の事実が認められる。

また、〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和五七年四月から同年一二月までに行われた田辺との取引(売上総額約二一億六五〇〇万円)により約二五〇〇万円の粗利益を得たことが認められる。

2  被控訴人久一の身元保証人としての損害賠償の責任及びその金額を定める場合には、右認定事実のほか、前記一の1で認定した事実その他身元保証ニ関スル法律五条所定の一切の事情を斟酌する必要があるのであるが、損害額が五億円を超え、控訴人の請求額がその一〇分の一弱となっている本件においては、右の如き斟酌をしてもなお、控訴人が自ら減額した請求額を更に減額すべき根拠は見出し難いので、被控訴人久一においても、控訴人の被った前記損害のうち本訴請求に係る五〇〇〇万円を賠償する責任があるものといわなければならない。もとより、本判決の執行段階等における話合いの際、当事者が右金額に拘束されることなく改めて賠償額についての合意をなしうるのは当然である。

三  以上の次第で、被控訴人ら各自に対し金五〇〇〇万円及びこれに対する本件の最終不法行為時である昭和五八年三月二二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は、全部正当として、認容すべきである。

よって、右請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取消し、右請求を全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九三条一項本文、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 田口祐三 裁判官 飯田敏彦)

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